人の心は宇宙
決勝戦でのたたら組は
まったくちがう踊り方になっている。
殺伐と、争うように向かい合っていたのが
うって変わって柔らかになった。
踊りながら、たたらは仙石の言葉を理解した。
人の心はまるで宇宙だ。
理解不能な隣人。なにもわからない。
他人の宇宙を通して見えるのは自分自身だ。
「ちーちゃん」緋山千夏は
たたらにとって異常なノイズだった。
踊りが合わない。
不愉快と不自由に満ちた
コントロール不能の異世界だ。
千夏の言動ひとつひとつに
たたらの感情が波立つ。
自分を好きになったり
嫌いになったりできる。
ひとりでは、けして気づけなかった
自分を千夏をとおして発見する。
どうだ、たたら
とんでもなく愛おしいだろう
たたらの目から涙が飛び出す。
筋膜リリース成功
たたらと千夏はそろい始めている。
ふたりの動きがしなやかに連動する。
筋膜リリースでコントロールを失ったぶん
千夏がたたらを制御している。
リーダー経験の長かった千夏だからこそ
感覚的に制御を可能にしている。
どちらがリーダーなのかわからなくなるような
あやうい均衡がたたらたちにある。
千夏が踊りの精度をあげている。
ぐるぐるとパワーバランスが変わり
成功の感覚がかいまみえる。
力がきれいに流れる。
「ダブルリーダーはスピンに強い」
たたらたちはハイレベルな正解を見つけかけている。
パートナーの足が消える
たたらと千夏はシンクロし始めている。
完全なタイミングでお互いの重みをやり取りできる。
優れたダンサーはこの感覚を知っている。
仙石たちも、清春たちも。
「相手をちゃんと見て、考えを尊重して
常に相手の存在を意識して踊る」
しずくが言葉にするとちょっと分別くさい。
もっと感覚的に表現するとこうだ。
カップルに一体感が生まれる時
パートナーの足が消える
自分の体が境界をうしなって
相手と一体化する。
パートナーの感覚がまるで
自分のもののように流れ込んでくる。
「ああやばい」
「なんだか足がふわふわする」
千夏にもその感覚が来ている。
「預けてみたい - 私のことを
私以上に信じてくれるこの男に」
たたらもそれがくるのを感じている。
「四本足になる」
「神経が研ぎ澄まされるような」
「心臓が冷たい手に締め付けられるような」
ついにその瞬間がおとずれた。
たたらの胸から白い花びらが
無限にあふれはじめる。
花びらの中からわきあがるのは千夏。
千夏の上半身が白い花びらに浮かぶ。
細かい筋肉のシルエットが美しい。
髪を波打たせほほえみながら
千夏はたたらを見下ろしている。