ブランコのレッスン開始
潤平はたのしげにバジルをおどる。
まわりの人々がスマホで動画をとる。
笑顔だ。
本人もわらう。
ブランコが潤平を名前で呼んだ。
「お前は『ドン・キ』をどういう物語だと考えている?」
翻訳ソフトを使っての会話。
知らず知らずのうちにブランコはレッスンに入った。
ブランコのドン・キ解釈
ブランコの考える「ドン・キ」はどんなものか?
「影こそが光を強く、立体的にする」
ドン・キの明るさをきわだたせるために暗さが効果的。
「ドン・キ」はただのコメディーではない。
スペインの戦いと抑圧の歴史の上になりたった物語。
歴史の影を内包するバジルがいてもいい。
ブランコはそう考えた。
(「まんがで読破」のドンキホーテはわかりやすかった。
閉塞感に耐えきれなかったおっさんが
コスプレにのめりこむストーリーだった)
ブランコの頭にあるのはフラメンコと闘牛のイメージだ。
「血と汗と涙、そして土埃のにおいがする」
ドン・キも同じにおいがしていいはずだ。
ブランコの言葉から、大量のイメージが潤平へ伝わる。
強烈な太陽の下、明暗がくっきりしたスペインの風景。
草原を風が吹き抜ける。
おしゃれで誇り高い男ども。
無意味で愚かしい男どものプライド。
女たちの美しささえ価値はない。
それでもバジルの心を惹いてやまない。
「今日は空が青いぜ」
「バジルという男の人生を
それを取り巻く空気を
そこに至るまでのすべてを
光も影も語るべきだ」
お前のバジルを見せろ。
ブランコは潤平に踊らせる。
話を聞いただけで潤平の踊りは変わる。
「悪くない」
ブランコは立ち上がって歩きはじめる。
歩き方にそのまま人間性が出る。
ブランコは義足のままで進み空を見上げる。
「今日は空が青いぜ!」
セリフだけだとあほみたいだけど
ブランコには説得力がある。
潤平はすぐにやってみる。
ちがう。
なんか違う。
「お前はお前のーバジルの空を見た」
やり直そうとする潤平を、ブランコがとめた。
形をまねるわけではない。
もっと全体的な問題。
ブランコのほうが自然でシブかった。
しかし同じ動きをなぞることに価値がない。
「せっかく今、
お前はお前のー
バジルの空を見たじゃないか」
空を見た後うつむいたっていい。
「死んだ母親を思い出しちまった」
それから観客をふりかえったっていい。
「人生って素晴らしい!
そう思わないか?」
低いトーンでブランコの声がしみ込んでくる。
ブランコは名教師か
わからないはずの英語が潤平にはよく理解できる。
ブランコの動きと説明で、
ドンキの世界がすっかり姿をかえて見えてきた。
「語るんだ、生き様を」
「バジルを踊るということは
今の瞬間をバジルとして
生きるということだ。」