ふたたび降板
兵ちゃんの無事を確認した潤平は、綾子に電話した。
明日の便でロシアに行きたい。
しかし降板を言い渡される。
潤平のかわりに海咲がロシア公演に行くことになった。
無情にも綾子に宣言された。
「あなたは舞台を放棄しました」
「いかなる理由があろうと許されない行為です」
このひとは、ていねいな口調で厳しいことを言う
「舞台に立ちたくても立てなくなることもあるのです」
そのとおりだけど、友だちが死にかけたのだ。
飛行機を一日遅らせても舞台には間に合う。
どちらを選ぶか難しいところだ。
綾子にひとこと断ってからがよかったのか?
「舞台で生きる覚悟がないようですね」
潤平は根本的な姿勢から問われた。
「奨学金のことなど、再検討しますので
結論が出るまで、謹慎なさっててください」
成田空港へ引き返すが、相手にされなかった。
生川に行っても追い返された。
無期限の謹慎
潤平はすることがない。
夏休みは生川で練習するはずだったのに
今井先生の自宅の掃除を言いつかった。
ロシア公演はチャンスだった。
ニンジャ役はオイシイ。
ロシア人の前でまたバック転したかった。
潤平は今井先生宅でバレエのDVDを鑑賞する。
悔しいくても感情が内にこもらないタイプだ。
こんな時は、うつうつしてても仕方ない。
「どうせなら観たいの全部観てやる・・・!!!」
先生の棚から次々とDVDを抜き出す。
ニコラス・ブランコとの再会
先生のコレクションのなかに
潤平は見覚えのある姿を発見した。
子どものころ観た、あのダンサーだ。
バレエをはじめるきっかけになったダンサー。
名前は「ニコラス・ブランコ」。
潤平はうっとりとする。
ニコラスの「ドンキホーテ」は、とにかく生き生きして華やか。
エネルギーをまき散らす踊りだ。
「このひとになりたい」
やはり潤平はそう思う。
潤平にとっての理想はニコラスだ。
クラシックの理想像「ダンスール」
=王子様という感じではない。
キャリアの中断
潤平はニコラスの経歴を検索する。
ニコラスはもはや踊れない。
バイク事故で片足を切断していたのだ。
「舞台に立ちたくても立てなくなることもあるのです」
綾子の言葉がおもくよみがえる。