天の逃走
天がいなくなってしまった。
子どもバレエの公演前なのに、
どこにいるのか連絡もつかない。
最悪の場合に備えて、
天なしの公演を想定する団員たちへ
「紅乃さんっ・・・」
「俺と踊りましょう・・・!!!」
潤平が提案する。
踊りたがり
潤平は踊りたくてたまらない。
何でもいい。
練習だってかまわない。
銀也のダンスに触発されて
抑えきれない気持ちが吹き出す。
紅乃が練習してくれることになった。
天は開演直前に戻ってきた。
リハなしで本番をそつなくこなす。
いっぽうで潤平は
紅乃との練習をかさねている。
舞台に出るレベルにはほど遠い。
それでも「バジルの顔」で
見つめる潤平が仕上がっていく。
「みんなが観たいのは本物の天才」
対照的なふたりだ。
天はものすごくうまい。
だけど紅乃を見つめる
視線が物足りない。
潤平は下手なのに
紅乃を熱い目で見つめる。
「紅乃さんが結婚してなければなー」
妄想が暴走している。
天はとっくの昔に
熱中する段階を過ぎてしまった。
自分の限界を見てしまった。
思えば、バレエは残酷だ。
評価が厳しく跳ね返ってくる。
ごく一部の人間しか食えない。
たくさんの「元天才」が
這いずり回って生きている。
サラリーマンなら、
トップでなくてもそれなりに
収入とプライドを
保証されて生きていけるのに。
バジル役を獲得
最後の公演の日。
潤平はあいかわらず練習している。
「もう本番も
俺と踊っちゃいましょうよ!!!」
勝手に盛り上がっている。
天に遠慮なく突っ込む。
「天さんのバレエ」「つっまんねー」
「後悔でイヤイヤ踊るヤツよりっ」
「今日も俺が出たほうがマシっしょ」
天がフテた。
・・・じゃあ、出てみろよ。
紅乃ものった。
・・・潤平、踊ろっか。
勢いでバジル役獲得だ。