小鶴は、るおうと都の祖母にあたる。
るおうや都からは「おばあ様」と呼ばれていた。
現在では海辺のホームに住んでいる。
おそらく介護付き有料老人ホーム。
るおうは時折ホームを訪ね
バレエを踊って見せて喜ばせていた。
るおうがロシアに行ってしまってからは
娘の千鶴がホームにかよい
車椅子を押して小鶴を散歩させている。
認知症の進行したせいで
小鶴は気性がおだやかになり
今では平和に暮らしているようだ。
金さえあればホームに入れる。
家族とほどよい距離をおいて生きられる。
バレエのために全てを切り捨てたくせに
小鶴は「まともな暮らし」に着地できた。
幸運な人生である。
若い頃のバレエダンサー小鶴
小鶴は2世代前のダンサーである。
野蛮な時代である。
バレエ環境が整っていない。
そんな日本で頭角をあらわした。
生川バレエスクールの蔵書に
小鶴の踊る写真がのっていた。
当時の日本を代表するダンサーだったのだ。
小鶴は徹底的に正統バレエをめざす。
クラシック以外みとめない。
正統→ロシア絶対。
小鶴は日本でパトロンを見つけ
ソ連時代のロシアに渡った。
トッププリマを目指したが挫折。
チェコスロバキアでプロとして
踊った時期もあったが
やがて怪我をしてキャリアを中断。
日本へ帰国する
小鶴のバレエへの執念
舞台に立てなくなった小鶴は
日本で結婚した。
長女の千鶴を出産。
ところが小鶴は家出して
ロシアに行ってしまう。
千鶴の生後数カ月後・・・
ロシア人との間に子どもをもうけたのだ。
次女の真鶴である。
いちど出産した小鶴は
あらたな可能性を発見したのだ。
だからヨーロッパ人の子を産んで
クラシックバレエに再び挑むのだ。
ヨーロッパ人でなければバレエは踊れない。
「無理よ?日本人がバレエを踊っても」
「バレエはヨーロッパ圏のものだもの」
執念である。
つぎの娘は「正解」だ。
遺伝的に優れた形質を受け継いでいる。
徹底的な教育をほどこして鍛え上げた。
小鶴の意思は素晴らしい結果となって
真鶴にあらわれた。
圧倒的な完成度の高さ・・・
次女の真鶴はコンクールで優勝して
圧倒的な力を見せつけた。
真鶴は天才バレリーナとして名前を知られた。
真鶴の逃走と再度の挑戦
ところがコンクール優勝後
真鶴は逃げ出してしまう。
日本でアイドルになって
結婚してしまった。
小鶴の重圧に耐えられなかった。
「バレエ」のプレッシャーにも。
のこされた孫のるおうに
小鶴はバレエ教育をほどこす。
執念である。
もうこれは呪いだ。
小鶴はるおうを監禁する。
保育園にも幼稚園にも
学校にも行かせない。
必要を感じないからだ。
みずから柔軟とバレエのレッスンをし、
ロシア語と英語を教え・・・
コンサートや舞台を見せ・・・
本や映画や絵画に親しませた。
学校の教師ごときが
何を教えられるというのか?
小鶴の誇り高さ
小鶴は本当に素晴らしいダンサーだった。
幼かった都は、小鶴のオーラに圧倒される
「本物のにおいがする」
小鶴がレヴェランス(おじぎ)するだけで
花がこぼれるのがみえるのだ。
『眠り』リラの精だ。
もしくは『眠り』のカラボスだ。
るおうの強さを培ったのは小鶴。
わかれた夫から援助をもらって
バレエを追い続けていた。
認知症が急速に進み老人ホームに収容されてからも
るおうに絵はがきを送り続ける。
はがきの裏には、バレエのイメージがスケッチされている
殴り書きのようなはげしい動きのイメージ。
小鶴は画が上手い。
日常生活すらままならなくなっても
バレエを追い続けている。
長女のおかげで穏やかな老後?
千鶴はそんな母親を援助している。
ホームに入れっぱなしにせず定期的に訪問する。
嫌いな親だが、長女のさがで
筋をとおさずにいられない。
責任を果たしてしまうのだ。
るおうは時折ホームを訪れ
小鶴にバレエをみせていた。
憎んでいる祖母に会わずにいられない。
るおうの精神的な飢えは
小鶴にほめられることでしか満たせない。
そして小鶴はけっしてほめてくれない。
子どもら、そして孫たちを
バレエの地獄にひきずりこんだ
とんでもない女だが
穏やかな老後をゲットした。
人生、わからないもんである。