千鶴は最近ショックなことがある。
顔が母親に似てきたのだ。
顔というか表情が似ている。
自分は母親のようにはならない。
そう思っていたのに。
千鶴は、潤平にとって最初のバレエの師だ。
母、小鶴の影
千鶴は資産家の末っ子として生まれた。
母はバレエダンサーの小鶴だ。
千鶴の生後数ヶ月で、母は家出してしまう。
別なところで子どもを作り、
バレエダンサーに仕立て上げようとしたのだ。
バレエへの熱意がやまない。
千鶴は取り残された。
バレエの素質がないと判断され
小鶴に放棄されたのだ。
これが千鶴の原点である。
千鶴の子ども時代
しかし千鶴の実家は金持ちだった。
年の離れた末っ子で、
そのうえ初めての女の子だ。
父と3人の兄に溺愛された。
バレエの才能もあった。
生川のお教室でもトップ
コンクールでも常にトップ。
そして先代の生川はるかから
たいへんに目をかけられていた。
「心血を注いでいた」
綾子先生は言っていた。
「わたし」「トップの獲り方しか知らないのよね」
これが当時の千鶴の口ぐせである。
80話へ
18歳で挫折、そこからロシアへ
順調にあがっていたはずなのに
千鶴はとつぜん挫折をあじわう。
真鶴の登場だ。
コンクールで「妹」が現れた。
千鶴を捨てた母親が鍛え抜いた「正解」である。
太刀打ちできない才能がまさかの角度から現れた。
真鶴はあっさりトップを奪った。
敗北。
このままでは終われない。
バレエどころか、人生をかけた戦いである。
「わたしを捨てた”おばあ様”と
正解の妹に鼻っ柱をベッキリ折られ、
ロシアでてっぺんとったるわ!
そしてわたしへのジャッジを後悔し、ひれ伏せ!」
と日本を飛び出した。
ロシア人コーチにスカウトされ
生川には何の相談もなく
千鶴はロシアへ留学してしまった。
戦線を拡大して母と妹に反撃するのだ。
ロシアでの戦いと敗北
千鶴はロシアでバレエ団に入った。
本場でプロとして踊った。
だが同時にロシアバレエの
レベルの高さを思い知らされる。
とてもいちばんにはなれない。
「ロシアで現実を知った。
ベッキリどころか粉々になって」
「化け物みたいなダンサーが上に詰まってて
20代半ばの自分のピークでトップに立てていない」
千鶴の母は、同じものを見ていたのだ。
ロシアは日本とはまったくの別世界。
ロシアで、ヨーロッパで戦いたければ
何もかも捨ててバレエを愛さなければならない。
だから小鶴は千鶴を捨てた。
帰国して活躍
そんな千鶴へ生川バレエ団から声がかかる。
日本へ帰り、生川のプリンシパルとして踊った。
限られた現役人生のなかで
どうしても主役を踊りたかった。
日本なら主役をはれる。
だから日本へ戻ることを選んだのだ。
千鶴は舞台で異常な存在感を放った。
るおうは千鶴の動画を見て言った。
「おばあ様がこきおろしていたあなたが、
素晴らしかったことがショックだった」
千鶴の「カラボス」役をみた潤平もさけぶ。
「悪だ!!カッコイイ!!!」
94話へ
現役引退から教師
やがて千鶴は引退後し生川で教えた。
しかし指導方針をめぐって綾子とズレが出る。
才能のないものに教えても意味がない
というのが千鶴のスタンスである。
綾子は才能のないものも受け入れる。
大化けするかもしれないし、
少なくとも金は引っ張れる。
寿のように。
どちらにしても生川バレエ団の養分になる。
利用価値があるのだ。
千鶴は、綾子ほど現実的になれない。
あくまで舞台人であるがゆえの
ある種の潔癖さを持っている。
いつわりの希望を与えることは欺瞞。
自分がバレエ界でどの位置にいるのか
かくさず教えることが
千鶴に取っての誠実さだ。
独立して自分の教室を持ってからも
千鶴はかわらない。
実の娘もバッサリと切り離す。
「プリマは無理よ!!」
「でもまぁなぜか綾子さんはあんたを買ってるから」
「群舞や端役でもやれるようがんばんなさい」
都がかわいそうだ。
37話へ
五代ダンススタジオで独立
千鶴は自分の教室を持つことができた。
実家が金持ちでよかった。
はじめは、たんなる町のバレエ教室にすぎないが
潤平を発掘したことをきっかけに状況が変化する。
さらに、るおうを世に送り出すため
五代バレエスタジオ自体が大きく進化させた。
るおうに合わせてレッスンのレベルが著しく上げた。
るおうにあこがれる有望なバレエ男子が集まった。
ロシア時代からのつてで
海外から講師を呼んでレッスンができる。
男子中心、エリート志向の少人数性、
ポテンシャルの高いバレエスクールである。
私はバレエを思いっきり愛し続けたかったのよ。
正解でなくても。
・・・今も、ね。
千鶴は、母に似ている。
潔癖さが似ている。
しかし母に苦しめられてきたために
母と同じ間違いを犯さない。
世間から孤立して閉じこもったりしない。
認知症の母をたずね,
車イスを押して散歩する。
母親のことは嫌いだけど
母親の気持ちは理解できないこともない。
今さらながら良い娘である。