東京都民DS大会A級戦1次
ワルツからタンゴへ
試合が始まる。
最初はワルツだ。
たたら達は姿勢を整え
「ワルツの顔」で踊りはじめる。
笑顔だ。
審査員は2分足らずの間に
勝者を選別しなければならない。
100秒で11組を見る。
判定が早い。
常連メンバーは、踊る前にすでに合格判定。
新顔は、残り枠をうめるように
ぱっと見で判断する。
「消えるのは”無名“”地味“”余裕がない”選手」
残念なことだ。
千夏は自信がある。
2種目めのタンゴでアクシデントがおこった。
たたら達を含む3組が衝突したのだ。
たたらは立ち止まった。
フロアの真ん中で目立つ。
タイミングを計っているのだ。
踊りはじめるまで3小節も待った。
3小節はそうとう長い。
踊っている選手には無限と思えるほど長い。
千夏がたたらをヒザ蹴りする。
たたらは動かない。
タイミングを計っている。
もっとも効果的に視線を集め
自分たちをアピールできるよう間を作った。
緩急をつけて審査員に見せつけるのだ。
フォーラウェイ大きく。
フォーラウェイ小さく。
1小節かけて1歩から1回転。
そこから早く。
スピン、スピン、コントラチェック。
観客席から拍手が起こった。
たたらの時間感覚は単位が長い。
目先のカウントにひきずられて
せかせか動くことはしない。
強弱を大きくつけて見るものをひき付ける。
フロアの外ではケンカ
千夏は怒っている。
今のタンゴが気に入らない。
いくら何でも3小節は待ちすぎだ。
リーダーがいつ動き出すか分からないまま
女性はじっと待たなければならないのだ。
「何よ今の『間』は!!このボケ老人が」
たたらへ猛烈に食ってかかる。
激しい口論がはじまり、手が出る。
仙石組と同じだ。
演技のあとに遠慮なくケンカする。
「たたらくん言い返せる子になってる・・!」
明が驚く。
「試合会場でまで喧嘩なんてもう普通じゃねえで!?」
ガジュがやきもきする。
「あれはもう喧嘩とか通り越して立派な議論だろ?」
清春が冷静に観察している。
たたらと千夏は仲が悪いが、
コミュニケーションが濃い。
どちらも競技会に勝つために必死で
方法を探し続けている。
お互いのやりくちが気にくわない。
いっしょにやっていて踊りにくい。
最悪の組み合わせだ。
それでも同じ方向をむいて
果てしなくぶつかり合いを繰り返す。
相手の力を認めているから
仕方なく続けている。
議論はてに、たたらは決定的なことを宣告される。
たたらという人間は、臆病者だ。
「あんたは最高にいい奴だけど」
「私はもっと強くて怖い奴が好き」
ここまで本音を教えてくれる女性はいない。
現実の女性は、こんなにはっきりと
不満の内容を説明できない。
千夏の言葉はこの上なく真実だ。
千夏からの重圧が
たたらを追い詰め、進化させる。
カップル崩壊の手前まで感情が高まり、
引っ張り合いが体の限界まで強まる。
それから相手の感覚が
自分の体に流れ込んでくる。
一瞬の調和が訪れる
「富士田って最高に気持ち悪いな」
清春が満足げだ。
たたら達はゆがんだまま進化した。