ニジンスキーは新作を発表する。
『牧神の午後』だ。
原作はマラルメ、フランスを代表する詩人。
音楽はドビュッシー、フランスを代表する作曲家。
もはや神話となった人々が集まってコラボした。
新作はすさまじい賛否両論を巻き起こした。
主役のニジンスキーは「牧神」である。
上半身は人間、下半身は動物の神さま。
牛柄のタイツをはいて登場する。
あいかわらずセクシーだ。
筋肉質で下半身が太くたくましい。
それなのに中性的な妖しい魅力がある。
ダンサーたちはジャンプしない。
ニジンスキーのジャンプを楽しみに来た人も多いだろうに
主役のニジンスキーを含め、誰もいっさい跳ばなかった。
壁画のように平板なダンサーたちの動き。
「ギリシャ風」の舞台装置と衣装。
古代のダンスはこんなものだったかもしれないけど、
はたしてこれはバレエか?
正直おもしろいか?
ドビュッシーの音楽はけだるい。
官能的な響きで緩やかに高まり
音楽が穏やかに遠ざかっていく。
20世紀音楽の先駆けともいわれる斬新なやり口だ。
「牧神の午後への前奏曲」はドビュッシーの代表作になった。
いまだにフルートの人気曲だ。
そもそもマラルメの詩がむずかしいのだ。
意味がよくわからない。
なんとなく官能的であいまいだ。
ニジンスキーは難解な詩の意味を
身振りではっきりと伝えてしまった。
牧神が妖精をみてムラムラする。
ちょっとナンパしてみたがフラれてしまった。
残されたベールのにおいをかぎながら
牧神は妖精のイメージでシコッてしまう。
ひどいあらすじである。
どこで拍手すればいいんだ!
とまどうわ。
初演では拍手とブーイングがおこった。
ディアギレフは「理解させるため」に
はじめからもう一度、演技させた。
翌日の新聞『ル・フィガロ』では
「常軌を逸した見世物」との批評が載った。
ディアギレフは反撃する。
彫刻家ロダンの文章を新聞に掲載させ
『牧神の午後』を擁護する。
ディアギレフは大真面目だったのだ。
作品の価値を確信していた。
「こんなことになるなんてぼく・・・」
「あんな風に観客に拒絶されるなんて・・・」
泣きながら落ち込むニジンスキーを
ディアギレフは必至で慰める。
興行的には大成功だったのだ。
チケットが売れまくった。
内容があまりにスキャンダラス。
絶賛するロダンと、酷評する『ル・フィガロ』。
これだけ話題になったら
どんなものなのか一度じっさいに見てみたくなる。
大口のスポンサーもあらわれた。
ロモラ・ド・プルスキ。
ハンガリー貴族の娘で熱心なファン
のちにロモラはニジンスキーと結婚する。
『牧神の午後』で成功した後
ニジンスキーのバレエは
さらに先鋭化していく。
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