釘宮のダンス歴は10年。
10年は長い。
楽しくて仕方なかったダンスも
続けているうちに辛くなる。
たたらの天真爛漫な姿を見て
釘宮はうらやましいと同時に
うんざりもする。
釘宮だってうまくなったことを
素直に喜んだ時期があった。
しかし繊細な感性があれば
いつまでも無邪気なままではいられなくなる。
今回は釘宮の過去が明らかになる。
ダンスの習いはじめ
釘宮は近所のダンス教室に迷い込んだ。
ぼんやりしていてついうっかり。
だけど単純にそれだけではない。
家に帰りたくなかったのだ。
家には二人の兄がいる。
優秀で容赦ない兄だ。
釘宮は学校でも家でも兄たちと比較される。
ダンス教室のエダチュー先生に
釘宮は答えたくなかった。
「釘宮家の三男」あつかいされたくなかったのだ。
ダンス教室は家とは全然ちがった。
ほめてくれる。
「君をきっと本物のダンサーに育ててみせるぞ」
エダチュー先生にいわれて、釘宮はダンスを始める。
釘宮の上達
はじめての競技会。
釘宮は緊張した。
ダンスに興味がなのか
釘宮に興味がないのか。
家族はきていない。
それでも人の視線が気になる。
その繊細さが釘宮の持ち味につながる。
極限まで正しく端正な踊り。
釘宮少年ははじめての競技会で
「ちん毛」の技を編み出した。
同じフロアで踊るひとが
陰毛のかたまりに見える
という独自の境地だ。
一種の精神コントロール。
余計な情報がはいって
集中を乱されないための自己催眠といえる。
うまくいった。
釘宮は1位を連発する。
ダンス歴たったの1年にもかかわらず。
「方美はスペシャルなのだよ」
エダチュー先生の嬉しそうな言葉に
釘宮はキュンとした。
家とはちがって、ダンスでなら認められる。
繊細なのだ。
家で無視されているぶん
他人の反応に敏感だ。
ほめられたらうれしいし、
けなされたらがっかりして腹が立つ。
そのあたりに自分でも気づいていて
感情の波だちがパフォーマンスに影響しないよう
細心の注意を払っている。
重くなるプレッシャー
釘宮は「順調」に上達する。
3年めにはすでに教えていた。
4年目に仙石があらわれた。
釘宮のひとつ年上で、
一年はやくデビュー。
はっきりと分かる本物。
観客の批評を尻目に釘宮は感嘆する。
仙石はとうぜんの1位。
釘宮は観客の評判を下らないと思いながらも
どうしても気にしてしまう。
自分のダンスは古いスタイルだと見られているらしい。
翌年は下からすごいのが現れた。
清春としずくペアだ。
釘宮はふたり価値がよくわかる。
自分のダンスはうまくいかない。
良いパートナーにすら巡り合わない。
相方の井戸川は上昇志向がない。
学業のほうもよくない。
釘宮家でダンスは遊びだ。
学業ができなくては評価されない。
それも1位を取れなければ。
ダンスもダメ。
勉強もダメ。
釘宮は追いつめられていく。
挫折から事故
ようやく仙石がプロになった。
釘宮は優勝するつもりだ。
仙石がいなければ勝てる。
意外なところから敵が現れた。
陰毛のかたまりの中から
目の血走った男が出てきた。
あまりのことに釘宮はコントロールを失う。
優勝できなかった。
釘宮はトイレで嘔吐する。
再来年には清春としずくペアが上がってくる。
このまま自分は何もできず終わるのか?
「自意識に殺されかけています」
ダンス界の評判など気にしていないが
無視することもできない。
ダンスなど辞めてしまいたいが
このまま辞めたら何を言われるかわからない。
生きているのがつらいが
自殺する気にはなれない。
釘宮は交通事故にあった。
「神さまはいた」
事故のおかげでやめられるならラッキー
そう思うくらい釘宮は追いつめられていた。