大混乱の練習
やっと練習に入った。
本番までひと月しかないのだ。
ラジカセを鳴らし梨鈴が踊る。
冬茉がピアノを弾き、
トゥシューズをはいた桔平が回転する。
ふたつの音楽が同時に鳴っているのだ。
大混乱である。
「カレーとプリン混ぜて食ってるみたいな感じがする」
桔平には耐えがたい。
だがとにかく時間がない。
しのごの言わずに練習だ。
桔平の「スーパー絶対音感」
桔平の練習も難航。
むちゃな条件に挑戦しているのだ。
小柄をいかしてオディールをやる。
宝生が桔平をリフトする。
しかし桔平はしょせん男だ。
安定して持ち上げるには
そうとうな筋力がいる。
ふだんはかないトゥシューズで
桔平は回転する。
これを舞台の上で
やってみせなければならない。
「もっと女性らしく優雅に回れ」
アドバイスを受けるものの
とても雰囲気を作るどころではない。
宝生は非常識なやり方で解決する。
「調性を半音下げて弾いてくれないか」
ピアニストにとってやっかいな移調奏だ。
全部の音を半音ずらして演奏する。
冬茉は即座に対応する。
ニ長調から変ニ長調へ。
調性には固有の性格がある。
ニ長調は、シャープ2つの音階。
明るく輝かしい。
モーツァルトの交響曲の印象が強い。
変ニ長調は、フラット5つの音階。
柔らかく優しい。
ショパンのワルツとかノクターンの印象。
桔平は「スーパー絶対音感」を持っていて
それぞれの調性の性格に体が反応する。
たちまち倒れて、ゆらりと立ち上がる。
「オディールの降臨だ」
妖艶な表情になった。
唇がふっくらつやつやになり、
目の下にかすかな影ができる。
「フフ」
目がつりあがり、悪女の性格が憑依する。
桔平母が衣装を調達
場所はかわって、桔平の邸宅。
宝生は桔平の母に練習試合について報告する。
いつものように芝居がかった対応をする桔平母。
「売られた喧嘩は買わねばならぬのが乱世の定め」
黒塗りの車にのってただちに外出。
「留守をたのみます」
母はあいかわらずぶっ飛んでいる。
「京を経由して越前へ」
運転手へ命じ西陣織と羽二重織の人間国宝に会いに行く。
バレヱ部の衣装を作らせるのだ。
あっというまに対決当日
もう本番の朝になった。
一ヶ月の練習シーンは華麗に省略された。
省エネだ。
管理人のおじいちゃんが宝生に問う。
「練習と本番は何がちがうのかの?」
「評価の価値基準が自分の中にあるか、
他人の中にあるかでしょうか」
宝生にとって勝ち負けではないらしい。
まつりたちがやってきた。
群舞をひきつれている。
人数でも宝生たちを圧倒する体制を整えてきた。