井折先輩のハウスバトル
井折(いおり)がダンスバトルしている。
部活に出てこない2年の先輩だ。
学校ではいつもでっかいヘッドホンをかけてるひと。
井折はぜんぜん別の世界をもっている。
ミラーボールがまわり、DJが音楽をかける。
大人たちが周りに座って井折のダンスを見る。
まずばくぜんと音楽を聴く。
全体の雰囲気をつかみ、細かいところを聴く。
キック、スネア、ハイハット。
メロディーやボーカル。
ループのパターン、展開のクセ。
それから分析を捨て、音楽にひたる。
踊りはじめる。
バトルに勝った。
伊折は踊れる。
そして地元ではひとりだ。
ハウスでおどる高校生は他に知らない。
仕方なく大人の集まる場所にいって
ダンスバトルに参加する。
伊折はダンス部にも行かない。
コンテストにむけて具体的な練習
コンテストが近い。
部長の説明が具体的になっていく。
実際に舞台に立つときの注意点や
審査の方法などを教えてくれる。
本番が現実感をまして近づいてきた。
メンバーで去年のコンテスト動画を見る。
伊折が出ている。
目立つ。
カボくんの目が伊折にひきつけられる。
ひとりだけ男子でめちゃめちゃうまい。
他校の生徒からも注目株だったという。
今年は男子はカボくんひとり。
期待されている。
振り付けの中でカボくんは「見せ場」をもらえた。
ワンダさんの股をうしろからくぐって登場する。
小柄な女の子の中から
大柄な男子が滑りだして
手足を広げて立ち上がる。
うまくいったら結構めだつ。
部長は手応えを感じている。
今年は勝てるかも。
カボくんが期待にこたえて
面白いことになるかも。
たしかめにきてよ、と伊折を誘った。
バスケをつづけるホタ
カボくんはバスケもまだやっている。
部活には入らないが
休み時間に遊びでやる。
しかもうまくなってる。
「影練やってる?」
「前より繋がってきた、動きが」
友だちのホタがほめている。
ダンスがバスケにいい効果を出しているようだ。
ホタは、カボくんのことで
バスケ部の先輩と気まずくなっている。
大柄なカボくんを入部させられなかったことが原因だ。
でもカボくんはダンスの方に集中したい。
「俺にできる埋め合わせは」
「良いダンスを見せること」
鏡の前で踊りつづける。
ダンスのフィーリングとは何か
カボくんは井折先輩と出会った。
小声であいさつしたカボくんを
井折先輩は空き教室へ連れていく。
ダンスバトルをしようというのだ。
淡々とバトルのやり方を説明する井折先輩と
ひたすら戸惑いまくるカボくん。
何より体育館や練習室以外でのダンスを
部長から禁じられたばかりだ。
学校でみだりに踊らないこと。
「大丈夫だよカボ」
察したように井折先輩が言う。
「恩ちゃんがお前のフィーリングを認めている」
いやそういう問題じゃない。
ダンスの「フィーリング」とは何か。
音楽を聴くと人はいろんなことを感じる。
懐かしいとか、ハッピーとか。
闘争心がわいてきたり。
それがフィーリング。
そして感情が高ぶると人は何も言えなくなる。
言葉にできない思いが身体表現になる。
外からは教えられない、
その人だけのダンスだ。
私生活や育った環境
ふだん抑えている感情、
コンプレックスや
差別されてきた歴史が
音楽に引きだされるもの。
トップダンサーは意外に内向的で口下手だという。
井折先輩とカボくんのバトル
音楽がかかる。
2Pac - Changes ft. Talent
バトルがはじまる。
カードゲームみたいにふたりの属性が表示される。
井折先輩:ダンス歴5年、ジャンルHOUSE/BREAK
カボくん:ダンス歴2か月、ジャンルHIP HOP
カボくんが踊りはじめると
見物客が集まってきた。
学校なぞでダンスバトルなんて
珍しいもんが見られる。
一曲おどり終わると井折先輩の番だ。
Kendrick Lamar - HUMBLE.
脱力感と余裕。
井折先輩はいままで見たことのないような踊りをする。
一見、ぐわんぐわんでよくわからないように見えながら
体は音楽に正確に反応している。
各部分が別々に自由に動く。
音楽への没入が深い。
あつまった見物客などまったく目に入らない。
2ムーブめにはいって、カボくんは失敗した。
早取りしてしまった。
井折先輩の1ムーブ目のダンスをみて
絶対負けると思い、攻めに出た。
観客のウケ狙いにいってしまった。
派手な動きをとりにいって間を外した。
一気にさめる見物客。
バトル中断である。
「なんかこれダンスじゃなくね」
素人からの厳しい意見。
だが正しい。