都民大会の決勝。
釘宮がどんどん素晴らしくなる。
不自由な身体を抱えての苦闘。
まわりからの期待と自分の自負。
ふたつの感情にはさまれて身動きが取れない。
地獄で苦悶する釘宮
決勝のフロアで釘宮は疲労のきわみにある。
体が極限まで追い詰められて限界にきている。
もっと辛いのが精神状態だ。
釘宮は周囲の様子を繊細に受け止めている。
たたらペアに流れる観客の視線。
審査員達の心の動き。
釘宮をしたう子どもたちの期待。
「ダンスが離してくれなかった」
「俺は地獄を抱えながら生きるしかない」
とくに双子の存在は辛い。
釘宮の純粋なファンが
真っ直ぐに踊りを見つめている。
「俺はダンスに一度殺されて
戻って、幽霊みてぇだ」
故障した体が動きを制限する。
幽体離脱して原点に帰る釘宮
極限状態のなかで釘宮は過去に帰る。
子どものころに教わった原点のイメージだ。
スロー・フォックストロットはロールスロイス。
ブレーキもアクセルもなめらかな高級車。
一瞬で釘宮の動きが変わる。
なめらかで精巧な動き。
足音がしない。手品のようだ。
はためにはどう動いているのかまるでわからない。
まさに「フォックス・トロット=キツネの忍び足」
釘宮の恩師が嘆息する。
「なんて嫋やかな・・・」
自分が教えた理想を釘宮がいま目の前で体現している。
釘宮の表情が全く変わった。
けわしさが消えた。
目をつぶってリラックス。
自分の内部に集中している。
新たな次元にのぼる釘宮
釘宮は我に返った。
自分に対する分析が逆転した。
ダンスの調子がいいときは人がモノに見えていた。
それは決して良いことではない。
むしろ「逃げ」だった。
こわいものを見ないよう変換していたのだ。
モノに変えてしまえばたしかに恐怖がうすらぐ。
そのかわり見落とす要素が多くなる。
たたら達との戦いで釘宮はかわりはじめている。
ライバルの影響をプラス方向に作用させる意識が生まれた。
「もう俺は違うからな」
「依存しない」
「逃げねえぞ」
「俺の味方になれよ」
プレッシャーは敵ではない。
むしろプレッシャーこそが自分を新たな次元に押し上げるパワーになる。
新しい光のが見えてくる。
釘宮は光の中に入っていく。
重圧を利用しろ。
いままでなかったような
安らいだ表情で釘宮は踊る。
決勝戦のフロアの上で
釘宮組とたたら組が飛び上がる。
釘宮はすべてを受け入れた新境地に達した。