潤平おすすめの「メモ書き」
YAGPコンテ審査の前日。
夏姫は気が重い。
コンテが苦手だ。
クラシックと違って自分の表現を出す必要がある。
クラシックの場合は、明確にキャラが求められる。
「オーロラ姫」なら、こう。
決まりきっていてやりやすい。
自分が学んだものを取り出して当てはめていけば形がつく。
コンテは伝統の枠がゆるい。
自由度が高くて、逆に何をやっていいものやら途方にくれる。
自分を出しなさい、と言われてもどうしたらいいものやらわからん。
優等生型の夏姫はこまってしまう。
「わたしにはこれ以上なんにも・・・」表現するものがない。
夏姫の正直な感想だ。
自分を無にすることは得意だ。
幼い頃からさんざん教育されて自己コントロールを習得している。
しかし自分から何かを作り出せと言われても、方法を知らない。
悩みを聞いた潤平は「メモ書き」を勧めた。
表現を深化させる「メモ書き」のやり方
「メモ書き」のやり方は単純だ。
ひとりになって思いつくことをひたすら書く。
内容は何でもいい。
「くだらないことから恥ずかしいのまで」
思いつくままに書いていく。
潤平には効果絶大だった。
自分は何が好きなのか?
何をしたいのか?
不安なのはどんなことか?
嫌だったことはなにか?
書き連ねるうちに自分でも気づかなかった本心が現れる。
「メモにズバッと本質が表れたわけじゃなかったけどさ」
「俺には必要な儀式だった」
あいまいにしていた自分に直面できたらしい。
その結果おもわぬ引き出しを開けることができた。
「踏み込んで考えたくないブレーキ」の存在に気づけたのだ。
自分の中にある「こわくて考えたくない」ものを見つけた。
潤平はそうやってコンテの表現を深化させた。
精神エネルギーを消耗する修行だ。
レッスンをせず、何日も部屋に閉じこもってこんなことをするのは辛かろう。
だが効果は絶大だった。
夏姫の挑戦
潤平には夏姫の本質の一端が見えているらしい。
それは「くちびるを噛みしめるカオ」だ。
練習に集中して限界を越えようとする姿が、潤平からみた夏姫の本質らしい。
夏姫はさっそくやってみる。
ホテルに帰って机に向かいノートを書こうとした。
だができない。
無意識のストッパーが発動しているのだ。
自由になるのは難しい。
オープンマインドの権化のような潤平ですら何日もかかっていた。
しかも相当苦しんだ期間である。
優等生の夏姫にはなおさらハードルの高い挑戦だ。
それでも夏姫は机に向かう。
潤平がオルガ先生に教わって、ごくごく単純な基礎練をはじめたように、夏姫もできることからはじめる。
日記書きの効用
別にバレエをやっていなくても「書く」ことには絶大な効用がある。
潤平が言うように、くだらないことで構わない。
自分がやりたいこと、やりたくないこと。
どういう場所で、どんな人と、どんなことをして生きたいのか。
手で書いていくと自分が見えてくる。
ノートは何も答えてくれない。
なぐさめもしないし、ほめてもくれない。
紙面には自分という人間の感情が積み重なっていくだけだ。
何も考えずに暮らしていると周りに流されてしまう。
嫌なことがあって怒っても「まいいか」と翌日には妥協している。
自分の意志で生き方を決めようと思ったら、自分自身に向き合う必要があるのだ。