ダンスバトルの結末
恩ちゃんと伊折先輩の動きが止まった。
ダンスバトルが終わったらしい。
長かった。
1時間ちかく。
ふたりはかわりばんこに踊り続けた。
息をはずませてがっしり握手する。
伊折先輩が恩ちゃんにきく。
「ジャッジ聞く?」
観衆にどっちがよかったかを判定させるのだ。
「良かったと思う方に拍手してね」
恩ちゃんはいきなりふった。
ジャッジの責任の重さ
部員たちはとまどう。
「どっちが勝ちかなんて全然わかんないんだけど・・・」
「2人とも上手すぎて・・・」
まさかここで勝敗を委ねられるとは思っていなかった。
カボくんも緊張する。
もともと緊張しいだ。
拍手というのが地味にきつい。
「匿名投票ならいいのに・・・」
カボくんは本気で思う。
自分の判定を全員に知られてしまう。
恩ちゃんも伊折先輩も同じくらい良かった。
カボくんは2人のことが好きだ。
恩ちゃんには部長として世話になってる。
伊折先輩も唯一の男どうしで応援したい気持ちがある。
このなかで『どっちが好きか』を表明しなければならない。
カボくんの判定、ワンダさんの判定
恩ちゃんは話をすすめる。
「恩ちゃんが良かったと思う人」
カボくんは真剣な目つきになる。
ふたりの踊りの記憶がいっきによみがえる。
カボくんは拍手した。
恩ちゃん勝ちのジャッジである。
冷や汗を流しながらの判定。
つられるように周りの部員も拍手する。
ほっとした。
「みんなもそうなんだ」
そうとは限らないが・・・
流れに乗ってしまって拍手することがある。
ダンスでなく、ひとに拍手することもある。
伊折先輩より恩ちゃんが好きだからという考えだ。
ワンダさんは恩ちゃんに拍手しない。
手を叩くのは伊折先輩のほうだ。
やはりつられるように部員たちが手を叩く。
伊折先輩の方にも拍手が上がる。
カボくんはショックだ。
判定を下すのは難しい。
恩ちゃんと伊折先輩、
どちらかを明確に選んだのはカボくんとワンダさんだけだった。
ほかの部員たちは両方に拍手するか、拍手を見送るかだった。
審査員の立場を理解する
審査は難しい。
カボくんは思い知った
はっきりと自分の意見を表明できたのはワンダさんと自分だけだ。
他人をジャッジするのは責任が重い。
恩ちゃんは部内オーディションでジャッジ。
アッセイさんもダンス大会でジャッジ。
自分の感覚を信じ、周りに表明するのは覚悟が必要だ。
大会で審査員のタバコのおっさんが「高校生らしさ」なんて言っていたのもそのせいだろう。
自分の感覚に自信が持てないから、道徳的な正しさに逃げ込んでしまう。
審査員も大変なのだ。
カボくんは審査する側になって気持ちがわかる。
「誰が恩ちゃんを倒す」
井折先輩は部員たちにいきなり話をふる。
「じゃあ次は誰が出る?」
「誰が恩ちゃんをたおす」
ダンスバトルに参加しろというのだ。
真っ先にワンダさんが手をあげる。
部員たちが焦るのに、ワンダさんはためらわない。
すごい。
ところが井折先輩はカボくんにふってきた。
「カボとか、踊りたいんじゃないか」
突然の指名に固まる。
しかしカボくんは立ち上がる。
恩ちゃんの前に出た。
踊るつもりだ。
上手いやつの後に踊るのはプレッシャーがある。
それでもカボくんは踊りたい。
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