たたらと口論のあげく
千夏は部屋に駆け込んでしまった。
「来るべきものが来た」
度重なるプレッシャーに
千夏が耐えきれなかったのだ。
練習が中断された。
寝室のドアの前で
たたらは途方に暮れる。
「連れ戻していらっしゃい」
マリサ先生はいそがしい。
たたらが自分でケンカを収めなければならない。
とはいえマリサ先生は助けを出してくれた。
清春に指示して、たたらをサポートさせる。
(留学援助と引き換えだ)
清春がたたらのコーチになった。
たたらはドアの前にしゃがんで
千夏が出てくるのを待っている。
清春はそんなことしない。
「入るぞ緋山」
自分でドアを勝手に開けて
千夏の手を握り、
スタジオまで引っぱっていく。
男らしい。
清春は千夏の叫びなど気にしない。
ブラインドダンスでフォロー力強化
清春がたたら達にやらせるのは「ブラインドダンス」だ。
女性の方が目を閉じたまま踊る。
清春としずくが目の前でやって見せてくれた。
アルゼンチンタンゴでは
女性が目を閉じて踊ることを好むという。
目を閉じると、相手を鮮明に感じやすくなる。
アルゼンチンタンゴは体重のやり取りが大きい。
女性が男性へ大きく体を預けてくる。
目を閉じると、他の感覚が研ぎ澄まされ
女性の全神経は男性の動きに集中する。
ふたりの人間が一体になれる。
たたらには覚えがある。
この感覚を知っている。
たたらが静岡グランプリで体験した感覚だ。
自分の体がなくなってしまう、そして
自分と千夏がひとつになって
4本足で踊っている。
たたらにとってあまりに異様で
衝撃が大きくて踊れなくなった。
「ブラインドダンス」をすれば
意図的にあの感覚に近づける。
千夏は目を閉じて踊りはじめる。
目を閉じると音が鮮明に聞こえる。
フロアを流れる音楽、それからガジュ達の動く音、
遠くで踊る釘宮たちとマリサ先生の声。
時計の秒針。
それだけでない。
千夏には自分の鼓動が聞こえる。
たたらの脈拍も感じ取れる。
ふだんとは桁ちがいの情報量に
千夏ははっとする。
たたらの決定的な欠点
ふたりはその後テストされる。
テンポ感の確認だ。
目を閉じて、脳内で同じ足型を再生する。
一周踊り終えたら手を挙げて相手を見る。
清春としずくがやってみせる。
約2分後、ふたりの挙手がピタリと揃った。
たたらと千夏もやってみた。
挙手タイミングはズレズレだ。
5小節分違っていた。
たたらたちの体内に流れるリズムが違うのだ。
清春はさらに、たたらの決定的な欠点を指摘する。
「女に寄り添うばかり」
「相手に伝えよう」という意思がみえない。
千夏は、たたらを頼れない。
たたらの踊りを信じることができないから。
千夏はいままで信頼の置ける男と組めなかった。
男に頼らず、自分のスタンスで踊らざるをえなかった。
かわいそうに。
どんなダンスを踊りたいかはっきりさせろ。
たたらが明確な意思をみせなければいかん。
基本的な生き方にも通ずる、根が深い問題だ。
男なら身に覚えがある。