即興ダンスの得意な潤平
潤平は即興で踊る。
課題は、「自分の中にある音楽で踊る」だ。
ガード下でカホンを叩いた記憶から
アフリカ風に激しく激しく動く。
踊りながら、感情がよみがえる。
「バレエなんかやめる」というやつだ。
『眠り』のオーディションに負けた。
海咲を追い越そうと必死でやったのに。
くやしい。
すごいやつらがたくさん前を走っていて
バレエではぜんぜん届かない。
まだバンドでもやったほうが可能性はあるんじゃないか?
ロックはやっぱり初期衝動が大事だし・・・。
技術の積み重ねがものをいうバレエでは
後発組がトップに出る可能性はないかも。
要するに、潤平はものになる気がしない。
あせるし、ふがいない。
なによりくやしい。
『眠り』のオーディションでは
はっきりと白波響に実力の差を見せつけられた。
踊るうちに潤平の中に感情がよみがえる。
自分のあせりといら立ちが、
アフリカ風の動きとリンクして盛り上がる。
結果としておもしろい即興ダンスが即興できる。
潤平の感情は、岩井先生に伝わる。
「そんなに悔しかったのか」
「お前の声が相変わらずでかいだけだ」
ごく自然に潤平は「表現」してしまう。
素の自分をためらいなくさらけ出す。
ふつう即興コンテンポラリーなんてできない
長年バレエを練習してきたものにとって
即興は難しい。
いままで体に叩き込んできた
クラシックの枠をはずすことなどできない。
自分のを徹底的におさえこんで
体をすみずみまでコントロールし
正しい、美しい動きを身に付けたのだ。
せっかく習得した基本をわきにおいて
いまさら「面白いことをやってみろ」
と言われてもとまどうばかり。
指導の指示もわけが分からない。
頭の中にあるお手本を外すための
ヒントを投げかける言葉になるからだ。
「わっかんないよ!」
「これ意味あるの」
「やだこのトンチみたいなのっっ」
なぜコンテンポラリーをやるのか
バレエダンサーとして生きていくなら。
コンテをマスターしなければならない。
実際の舞台ではクラシック作品だけではやっていけない。
コンテは舞台装置がシンプルで公演しやすい。
なにより人気がある。
面白い作品ならだけど。
だから生川バレエスクールでは
コンテンポラリーの指導にも力を入れている。
クラシックに限らず色々な踊りをレッスンし
将来のため動きの「引き出し」をストックさせている。
岩井先生に最敬礼して振り付けを依頼
潤平は、はてしなく即興ができる。
ブレイクダンスも阿波踊りも
キャラクターダンスもパントマイムも
まぜこぜにして動いてしまう。
体の中でぶつかり合いを楽しめる。
好奇心が強く、オープンな性格。
コンテンポラリー向きなのだ。
潤平は岩井先生にほめられた。
めっちゃうれしい。
コンテのレッスンしだいで
岩井先生に振り付けてもらえる。
この人は世界でも有数の振付家なのだ。
もし振り付けしてもらえれば
YAGP本選で上位入賞も可能性がある。
潤平は岩井先生の帰りを待ち伏せる。
ライターを用意して先生のタバコに火をつける。
あらためてコンテの振り付けをお願いするのだ。
8月9日発売
14巻の予約はこちら