ダンスのせいで世界が変わる
翔之助は不審者としてつかまった。
広島弁の校長たちに、とらえられた。
ほぼ全裸で踊り狂っていたからだ。
たしかに怪しさ満点。
ただの変態としか見えない。
翔之助は最後まで踊ることができなかった。
「理性を奪う儀式」
ソラがそう感じたとおり、
翔之助のダンスは
ムラサキへ異常な感覚をあたえた。
時間は正確に刻まない。
空間が歪んで距離感が消える。
ものの形がなくなる。
感じられるものは運動。
物と物がつながり、
流れになり、渦になり、波うつ。
世界がまったく異なって見える。
これが本当の姿ではないか。
「世界の秘密をあばく」と
翔之助はいった。
普段の知覚のほうがまちがっていて
真の姿が見えなくなっているのではないか
本来の感覚を取り戻す
ムラサキは山の中をかけまわる。
翔之助のダンスをなんども
頭の中で再生している。
思い描いていた理想の踊りだった。
こうだったろうか?
それともこういう動きか?
自分の身体を動かして再現してみる。
体が活性化している。
あのダンスに触発されて
エネルギーがあふれ出す。
久しぶりに味わう感覚だ。
子供のころはこんなふうだった。
幼いころムラサキは活発だった。
好奇心にいっぱいでかけまわり
クワガタを捕まえていた。
翔之助がみせたのは
ムラサキがもともと持っていた感覚
クワガタをきっかけに
体に失われた感覚がよみがえる。
山で座禅を組むムラサキの脳内に
昔の記憶があふれだす。
母親の死と小学校の生活だ。
母親の死はムラサキに
大きな問いを投げかけた。
ひとはどこからきたのか?
どこへいくのか?
母とまた会えるのか?
根源的な問を問い続けた。
小学校生活は規則正しかった。
「直線が増えた」
教育にはそういう側面がある。
文明社会への順応だ。
正確に机を並べ、規律を守る。
あるべき位置に物を置き、
機械的な正しさで時間を計測する。
もともとの感性が分断される。
体がしなやかさを失う。
たくさんの言葉を覚え、
意味付けを受け入れてしまうと
物事をありのままに
見ることができなくなる。
ムラサキは太りはじめた。
整理整頓された世界は
感覚に不自由を強いる。
ルール化され
誘導され
所有され
分断され
支配され
言葉のせいでひとはたまらなく窮屈になる。
安全で
安心で
便利で
快適
平等で
公平で
シンプル
平和
言葉は社会を機能させるために
有効な道具なのかもしれない。
だけど言葉の外側に
豊かな世界が広がっているのだ。
言葉にできなかった世界を
取り戻す手段がダンスだ。
ムラサキがもともと住んでいた世界へ
いまふたたび帰ろうとしている。