桔平母の旅立ち
桔平の母はぶっとんでいる。
基本的におしとやかで上品。
普段はふわふわしたワンピース姿で
なぜか紅茶を飲む。
桔平のバレエについて
めっちゃ気にしていて
なにかが起こったと思い込んでは
いちいち大騒ぎする。
今朝もそうだった。
桔平と宝生が主催するバレエ団が
経営危機におちいったと判断し、旅に出た。
練習ピアニストがいないと聞いたからだ。
梨鈴がオデットに決定
そんなことは知らずバレヱ部では配役発表だ。
梨鈴がオデット(白鳥)
桔平がオディール(黒鳥)
宝生がジークフリート(王子)。
3人で「白鳥の湖」第3幕をやる。
無謀な試み。
梨鈴はまだ初心者だ。
バレエシューズをはいただけで
いきなり主役にばってきされた。
「踊るのは約30秒だけだ」
「あとは全部、桔平のオディールが
何とかしてくれる」
むちゃぶりである。
宝生は譲歩してきた。
「いや、20秒でいい」
「梨鈴の力を貸してくれないか?」
桔平も応援を申し出る。
「俺のオディールで大林組を
釘付けにしとくからさ」
何がどう譲歩なのかまったく理解できない。
得体のしれない理屈で梨鈴は納得する。
「わかった頑張ってみる」
なんとなく勢いで引き受けてしまった。
ピアニスト冬茉が参加
長髪でリボンの男子が部室に顔を出した。
桔平の幼なじみの冬茉(とうま)だ。
おずおずと遠慮がちな登場。
桔平の母に頼まれてやってきた。
冬茉が玄関を出たら桔平母が倒れていたのだ。
お遍路さん姿で行き倒れ。
「どうか桔平ちゃんのバレエ団を」
「たす・・・」「けて・・・」
抱き起こした腕のなかで気絶してしまった。
いちいちめんどくさい母である。
しかたなしに冬茉はバレヱ部にきた。
ピアニストとして音楽を担当するためだ。
協力しないと夕食抜きと言われている。
象牙のアップライトピアノ
冬茉は練習室に意外なものを発見する。
ドイツ製の本象牙のアップライトピアノだ。
フタをあけて弾いてみると感触がいい。
「おそらく名工と言われた先々代の作品だ」
突如キャラを変更して激しくピアノを弾きはじめる。
眼の前に「白鳥の湖」の楽譜をおかれ
ためらうことなく演奏。
雄弁に分析しながら語りだす。
自信に満ちた表情でバレヱ部の音楽監督をひきうけた。
宝生以外まったく練習しないまま
ちゃくちゃくと公演の準備が進んでいく。
本番は一か月後だ。