岩井先生のオリジナル作品は見たくない
潤平はDVDを発見した。
岩井先生の若い頃の動画。
タイトルはBachelard 50th Anniversary
・・・バシュラール５０歳記念かな？
オリジナル作品である。
「観なくていい」
「俺は寝る」
「パーソナルな思いの丈の塊だ」
岩井先生の指示は微妙だった。
見ていいけど、見られたくないような。
潤平もためらう。
「面白くなかったら、しんどい、な・・・」
潤平はそういう経験をしたことがある。
父の作った映画がつまらなかった。
『ブルース・リーに誘われて』だ。
潤平の部屋にポスターが貼ってある、あの映画だ。
子供の頃、映画館で父と見た。
好きなことをやっているだけの映画。
「今思えば劣化版タランティーノ」
映画館はガラガラだった。
アクション監督をやっていた潤平父はつまらん作品を撮った。
「好き」だけで作った駄作を
「最高傑作」と呼んで楽しげに見ていた。
幼い潤平すら、いたたまれない思いになるような映画を
難しいものだ。
岩井先生の作品もそうなんじゃないか。
暗くて、哲学的で、難しい。
コンテンポラリーダンスなんてワケわからんやつだらけだ。
重い気持ちで再生しはじめる。
岩井先生とバシュラールの恋愛
潤平はどぎもを抜かれる。
岩井先生とバシュラールが濃密な雰囲気でならんでいる。
ふたりはそういう関係だったのだ。
おっさん同志の同性愛。
バシュラール５０歳、岩井先生３０代。
視線を前に向けたまま
お互いにもたれあい、顔に手を添える。
いきなり音楽がはじまる。
「せっせっせーのよいよいよい」
こどもの手遊びだ。
手を合わせ、手をつないでひっぱりあう。
なんなんだこれは。
鼻を触れ合わせて見つめ合うふたり。
ひげのバシュラールと岩井先生。
ふざけてメガネを投げる。
動作のひとつひとつに感情があふれる。
あえて言葉にするなら、それは
甘美な好奇心、
情熱、、
悦び、
憧憬、
愛と暴力、
切望と失望。
そしてふたりはこの関係を続けることができない。
そういう作品だった。
岩井先生とバシュラールは公衆の面前でいちゃついてみせた。
おっさん達の恋愛事情。
内容はごくごくプライベートなものだ。
「知らんがな・・・」
潤平は思わずつっこむ。
本当にそうだ。
こんなもの舞台でみせるなよ。
だが潤平は感動している。
自分のうちにあるものをさらけ出して見せた。
体の奥にある粘膜のような部分だ。
「振り付けは、そしてダンサーの表現は、勇気だ」
岩井先生は自らのなかでいちばん大事なものを取り出して見せた。
本番まえに部屋にこもる潤平
潤平はレッスンに出てこなくなった。
大問題である。
先生方も困惑する。
自分の内面を見つめなおしているのだ。
自分の部屋にこもり、ホーミーを聴きながら考える。
大量のメモを書き出し、鏡に貼る。
真っ暗な部屋で食事もとらない。