鈴木の子供時代
ラテン王者アルのレッスンを見て、鈴木は育ちの差を実感する。
「こいつら皆、子供の時から習ってんだもんな」
アルは体系的な教育を受けている。
「俺が小っせー頃なんてこんな世界があるなんて知らなかったし」
鈴木のばあいレッスンどころではなかった。
物語は鈴木のキューバ時代へかえる。
子供のころの鈴木は黒髪で浅黒い。
左目の下にあるホクロだけはそのままだ。
いまの鈴木は金髪で色白。
髪はそめて、夜型生活をつづけた成果なのか。
鈴木の妹たちの肌はさまざま。
黒かったり、浅黒かったり、白かったり。
母が結婚を繰り返すので、バラエティに富んだ遺伝がはいる。
キューバは人種的に多様だ。
ヨーロッパ系白人が50%だが混血がすすんでいる。
白い肌は珍しくない。
父が日本人で母がキューバ人なので、鈴木はもともと白いほうなのだろう。
日本にきて、社交ダンスで食っていくようになってから意識的に髪と肌の色を調整してきたと思われる。
鈴木の長男気質
鈴木には妹が9人いる。
貧乏人の子だくさん。
大家族だ。
母親は若くて美人。
ダンサーと恋をしては次々と結婚する。
そのたびに出産する。
おかげで鈴木は長男気質になった。
妹たちの世話をし、料理もつくる。
「女の子はお金がかかるから甲斐性のある男に育ちなね」
おばちゃんからはそう言われている。
キューバでは女性の成人式を華やかに祝うのだ。
せめて妹たちのまっとうな暮らしをさせてやりたい。
責任感をかかえて鈴木は生きている。
とくに長女のリサは頭がいいから勉強をつづけさせたい。
といっても鈴木は深刻になることはない。
根が明るい。
キューバの生活を謳歌している。
家族のご飯を作りながらおばちゃんに投げキッス。
友だちと集まってあそぶ。
誰かがタイコをたたき、そのへんのおっちゃんがラジカセで音楽を鳴らしてくれる。
ダンス対決がはじまる。
絵にかいたような南国気質だ。
楽天的。
大家族で明るくにぎやかにくらす。
鈴木の父からアドバイス
鈴木は1年に一度日本へ行く。
父親に会いに行くのだ。
父はダンサー。
夜職の雰囲気をただよわせている。
サングラスをかけ、髪を後ろでまとめて、胸元にネックレスをのぞかせる。
鈴木がダンサーになったのは、父のアドバイスのおかげだ。
日本で社交ダンスをやれば稼げる。
国内の競技会で1位を取るのがいちばん稼ぎがいい。
注意点は2つ。
1,上ににらまれるな
2,世界に出るな
おとなしく踊っていれば金が手に入る。
妹たちが満足に暮らせるように、鈴木はダンサーになった。
稼ぐために自分の能力をセーブしなければならない。
競技ダンスの規定に収まっておくこと。
社交ダンス界の秩序をみださないこと。
家族を食わせるために、自分をおさえてきたのだ。
鈴木の腰のタトゥーは母と妹たちだろうか。
聖バルバラ。
キューバのサンテリーアの女神。
キリスト教と土着の宗教心が混ざりあった、故郷の精神。
遠く離れて暮らしていても、いつも一緒にいられるよう身体に刻みつけている。
いま鈴木のカセがはずれようとしている。
思う存分踊りたい。
限界をこえて自分のちからを試したい。
あたらしい世界へ杉木が引っ張り上げたのだ。
ブラックプールを見せ、世界の一線で戦う男たちを紹介した。
鈴木なら、もっと高いレベルでダンスと付き合えるはずだ。