絶叫したあと潤平はステージへ
幕が上がっても潤平は出てこない。
空っぽのステージを目の前に客席がざわめきはじめた。
潤平は袖でごねまくっている。
日本の夏姫と電話してアルブレヒトの解釈をたずねている。
いまさら何をやってるんだ。
だが夏姫の説明は効果的だった。
解釈というか、夏姫はジゼルになりきって潤平と語り合った。
つられて潤平もアルブレヒトになりきってしまった。
潤平は舞台袖で叫ぶ。
声が客席まで響く。
いいのか?
バレエなのに。
観客があぜんとする。
音響室のブランコもあぜんとする。
潤平はステージへ進み出す。
ひどい姿だ。
胸に手をあて、天をみあげて絶望する。
涙が流れてファンデーションにミゾをつくっている。
尋常でないメイクになってしまった。
一歩まちがえばピエロだがマジだ。
ゲイリー一家もどうしてよいやらわからない。
とまどう音響係にブランコが指示をだす。
音楽がはじまり、潤平が踊り始めた。
真っ黒な潤平
スポットライトで照らされただけで
ステージは闇にしずんでいる。
兵ちゃんがスマホ撮影するなかで潤平が動く。
シルエットが黒い。
真っ黒な塊が舞台の上で踊る。
ステージも黒い。
踊りながら潤平の叫び声が聴こえるような気がする。
「観てるこっちまで、切り刻まれるみたいな・・・」
「血しぶきのような叫び」
あまりにも場違いな不吉な出し物だ。
兵ちゃんの興奮
兵ちゃんは、潤平のバレエにすっかりやられてしまった。
「ライブじゃんっ・・・」
「なんじゃコレっl・・・」
「最ッッ高じゃん・・・!!!」
パンクバンドのライブ会場みたいな興奮を味わっている。
バレエなのに。
潤平と兵ちゃんが昔いっしょに観たアメリカン・ニューシネマみたいな感覚だ。
絶望と不条理。
ジャンプする潤平のまわりから
ユリの花と内臓が飛び出している。
白い雲と黒い雲がうずまいて、潤平が叫んでいる。
叫んでいるわけではないけれど
叫び声が聴こえてくる。
セレブたちの一大イベント、
ゴージャスでハッピーな集まりだったはずなのに
とんでもないパフォーマンスをねじ込んでしまった。
異形のバレエ。
ムンクの『叫び』のように、お客さんが両手を顔にあててひいている。
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