肩甲骨はがしの効果
3次予選が終わり、たたらが控え室に戻ると清春がいた。
なぜかドライヤーを使っている。
たたらに自分のシャツを持たせ清春はドライヤーを続行する。
熱風にさらされながら
たたらは清春にアドバイスを求めた。
いちおう清春はコーチみたいなものだし・・・。
清春は、言葉のアドバイスはしない。
かわりにやったのは「肩甲骨はがし」だ。
焦るたたらを強引に抑え込む
馬乗りになって腕をねじり、肩甲骨の内側に指を差し込む。
清春の手が奥までズブズブはいる。
たたらにとっては恐怖でしかない。
「いたくない」
解放されてたたらは驚いている。
反対側の肩もやってからこんどは足を処置する。
ストレッチだ。
これで体の動きが変わるらしい。
たたらの場合は劇的に変化した。
どちらかと言うと悪い方へ変わった。
関節がゆるゆるでブレーキがきかなくなっている。
停まるべきところで停まれない。
「動きすぎちゃったか」
たたらの身体は素直すぎる。
清春から説明もなくフロアに放り出されて戸惑うばかりだ。
自分の体がいつものような動きをしてくれない。
ストレッチが効いて可動域が広がり筋肉の力みが抜けて大きく動ける。
それ自体はいいことなんだけど、ダンスにどう生かしていいかわからない。
たたらはもはやパニックだ。
一緒になって千夏もあせる。
清春の意図は次回であきらかにされる。
競技ダンスのダークサイド
3次予選のあと釘宮はタバコを吸っている。
スポーツ選手なのに喫煙している。
驚くたたらの前で、釘宮は盛大にむせる。
釘宮はタバコ嫌いだ。
煙が苦い。
ふだんタバコはすわないのだ。
しかし重圧に耐えかねてやってしまった。
ひとからタバコをもらってすってしまった。
タバコには神経を和らげる効果がある。
和らげるというか、鈍らせる。
感情が激しく抑えきれないようなときに、タバコをすうとぼうっとできる。
競技ダンサーには意外に喫煙者が多い。
年齢層が高いこともあるが、この競技に特有のプレッシャーに対策をとる意味合いもあるのではないか。
同じように、重いプレッシャーさらされるバレエダンサーにも、喫煙者はけっこういる。
たたらもやはりストレスにさらされる。
「なんだこの感じ」
「このドロリとした感情は」
他人をみて「落ちればいいな」と思う。
「ミスってくれ」と思わずつぶやく。
ふだんのたたらの性格からしてあり得ない言動をしてしまう。
自分でも気づかなかった黒い側面にたたらの心が揺らぐ。
誰よりも自分が上手いと言われたい。
競争相手の失敗を心底ねがってしまう。
ダンスで戦うもののダークサイドだ。
とくに競技ダンスは、ルールが「ゼロサムゲーム」方式。
自分の失点は相手の得点。
敵の失敗イコール自分の成功。
勝者が敗者からポイントを奪っていく。