ジョージ朝倉先生はマンガを描くときに
人物に命が宿るようイメージした音楽を聴いているという。
ダンス・ダンス・ダンスールを描くときは
グレン・グールドを聴いている。
グレン・グールドはクラシックのピアニスト。
軽やかで躍動感あふれる演奏で
「神に仕える芸術家」バッハの
お硬いイメージを一変させた。
緻密に練り上げられた演奏なのに
どこまでも軽やかで本能的。
録音中も歌いながら弾いている。
グールドは音楽一筋だった。
ダンス教師の千鶴が潤平に言ったことがある。
「部活やめなさい」
「あんたバレエダンサーになる人間でしょ?」
「他のものを全部、捨てられたらだけどね」
グールドも同じことを言っている。
ピアニストになりたいと相談してきた若者に
「他のものを全部捨てなさい」とアドバイスした。
グールド自身がそういう生き方をしてきた。
ダンス・ダンス・ダンスールからは
グールドの生き様につうじる
ストイックさがにじみ出している。
グールドの低いイス
グールドは天使のような美少年だった。
デビューしたときはほとんどアイドルだった。
指揮者のバーンスタインはこう言った。
「グールドより美しいものは見たことがない」
グールドにはスキャンダラスなエピソードがついてまわった。
独特のこだわりを貫いて注目を集めたのだ。
真夏でもコートを着てハンチングをかぶり手袋をはめた。
食事はビスケットとフルーツジュース、サプリのみ。
水道水は絶対飲まない。
演奏前には手を30分近く湯につける。
演奏時は父親の作ったイスにしか座らない。
そのイスが低い。高さ30センチだ。
演奏中は極端な猫背で前のめりになる。
顔を鍵盤に近づけ、歌いながら弾く。
空いている手を空中で振る。
共演者とトラブルになったり、
録音技師に注意されたりしても決して変わらなかった。
グールドの歌声は今でも聞ける。
録音を聴くとかならず彼のハミングが入っている。
グールドの完璧主義
グールドのこだわりは、
ただのわがままではない。
理由がある。
もともと小食で病弱だったため体調を崩すことを恐れた。
おそらく極端に血糖値が低く「冷え性」なのだ。
演奏の姿勢は、理想の音を出すための工夫。
低いイスに座り、手の位置を下げることで
必要最低限の力で鍵盤を操作し、
軽やかに演奏したのだ。
師匠ゲレーロから学んだ「フィンガー・タッピング」を
最大限に機能させることができる。
グールドの「草枕」ずき
グールドは文学青年だった。
夏目漱石が好きだった。
とくに「草枕」を高く評価し
自分のラジオ番組でみずから朗読した。
グールドにとって20世紀最高の小説だった。
「草枕」は異なる訳者のものを4冊もっていて
死の床には書き込みだらけの「草枕」があった。
ダンス・ダンス・ダンスールでも夏目漱石がでてくる。
夏目漱石は「アイラブユー」を「月がきれいですね」と訳した。
潤平は月明かりに照らされた夏姫を見てドキドキするのだ。