潤平と夏姫の猛特訓
夜のスタジオで潤平と夏姫はこっそり練習している。
時間外のレッスンは禁じられているが
やむにやまれず特訓をはじめてしまった。
今のままだと海咲と響が選ばれてしまう。
それでも潤平はあきらめる気にならない。
夏姫となら勝つ可能性がある。
たしかに昼間のリハーサルでは
海咲組が圧倒的な成長を見せた。
しかし勝つ可能性は残っている。
夏姫と潤平は「異次元を見た」ことがあるからだ。
あの感じを再現できれば勝てるはず。
あの時の潤平はまだ中2。
いま見返してみるとふたりとも幼い。
体が細い、そして軽かった。
プロムナードで苦闘する
潤平の体は全然変わってしまった。
夏姫もやはり変わってしまった。
体が大きく重くなっている。
昔は考えずにできていたことが、できない。
体がイメージ通りに動かない。
ふたりが苦労しているのが「プロムナード」だ。
めちゃくちゃ難しい。
女性が片脚立ちして、男性が手をつないで一周まわる。
それだけなのに難しい。
潤平のほうは手を固定して
正確に正円を描いて回る。
円がずれたり腕がぶれたりすれば
夏姫がバランスを崩す。
息をこらして夏姫を回す。
舞台ではあっという間に終わる一瞬だが
このために地道な練習を積み重ねる。
バンダ中村先生の到着
「セーフじゃない」
「手がぶるっぶるだったじゃないか」
スタジオにいきなり中村先生が入ってきた。
そのままアドバイスしてくれた。
夏姫のほうがこらえてバランスを保っていた。
潤平との距離が近すぎるかも。
ふたりともガチガチすぎる。
潤平は生来の感覚を開放しろ。
人差し指と中指を夏姫の手首の下に添えて
目と感触と気配でバランスを読み取れ。
「はい、出来んじゃん」
中村先生に歌ってもらいながらやったら
あっさりできてしまった。
可能性はほとんどないが、できることをやる
「海咲くん響さんペアに決定してしまったんじゃないですか?」
「いくら練習しようがもう無駄なのでしょうか?」
夏姫が尋ねる。
いま最有力候補は海咲ペアだ。
銀也さんは海咲たちに決めたい。
海咲ペアでないとしたらロシア留学組が有力だ。
ロシア組は安定感があり、キャリアもある。
父兄や関係者の納得も得やすい。
潤平たちの可能性はほぼない。
実力的にも、経歴的にも難しい。
ふたりとも別のコンクールを控えているし。
夏姫が思わず叫ぶ。
「YAGP本選辞退します!!」
いまは舞台を優先したくなっている。
潤平も同じだ。
公演もコンクールもどっちも欲しいけど
どっちかといったら公演の主役をやりたい。
中村先生は宿題を出してくれることになった。
動画を撮ってアドバイスをつけてくれる。
それから明日からレッスンをつけてくれることになった。
日曜にもういちどリハーサルがある。
そこですごい踊りを見せれば
食い込めるかもしれない。
やれるだけのことはやってみよう
中村先生は男前だ。
可能性は1ミリもないと分かっているのに
潤平と夏姫に付き合ってくれる。
前回の終わりに、
ふたりはもう選ばれないと
綾子先生から言われているのに。
潤平と夏姫の思いに触れてしまうと
応えずにいられなくなるのだ。
バンダ中村、熱い男である。
額のバンダナがかっこいい。
このまま潤平たちをほっておけば
練習しすぎて事故をおこすから
それを防ぐために仕方なく付き合ってやる。
勝つ可能性はゼロだけどな。
中村先生はそんな状況が
実は嫌いじゃない。
熱心な生徒に指導するのは
教師としてやりがいのあることだ。
今回は勝てないにしても
やりきった時に得るものは大きい。