都民大会は苦しみに満ちている。
天平杯とはぜんぜんちがう。
天平杯ではシンプルだった。
課題を乗り越えるたびに
ダンスの喜びがあふれだした。
しかし苦しみこそがダンスの本質だ。
ダンスというか、上達の本質。
不快感を見のがさず向かいあうこと。
現状認識と改善のはてしない繰り返し。
自分の価値観と社会の価値観のすり合わせ。
孤独で苦しみに満ちた戦いをしなければならない。
たたらの改善
仙石に電話をもらって
たたらは気分一新した。
状況はなにも変わっていない。
1位は釘宮組。
たたらは圧倒的に引き離されて4位。
決勝戦で逆転する可能性はひくい。
だが最善をつくして戦う。
自分の戦いを見てくれる人がいるからだ。
苦しみを理解してくれる、
それだけでたたらは強くなれる。
「スッキリしたかも!」
「決勝戦いつもどおり頑張ろう!」
千夏にも前向きな言葉が出る。
「前向き」がたたらの長所だ。
千夏にもいい影響がある。
千夏もみずからに絶望したときがあった。
一流選手と自分の違いの大きさに
どうしてよいか途方に暮れた。
ダンスを辞めようと思った。
だから前向きなたたらにねじれた態度をとった。
上を目指すものは
そんなふうに考えてはいけない。
たたらは千夏を本物だと信じている。
だから千夏の手をとってフロアへ向かう。
「本物だって証明しなきゃ」
見られる必要
仙石は大笑いしている。
電話で「見てるぞ」といったものの
実は会場にはいない。
遠く離れた海外から、たたらをからかった。
最悪だ。
それでも仙石はわかっている。
「見られている」と思うことがだいじで
本当にみられているかどうかなんて
もはやどうでもいい。
神様みたいなものだ。
「神様はみてる」
そう思うだけで正しいことができる。
強烈な動機づけになる。
たたらの頭のなかにいる仙石が
フロアを見守って応援している。
たたらは仙石にささげるダンスを踊る。
自分の最高の動きをしなきゃ。
客席に視線を流して観客にアピールする。
本当のところは仙石を探しているのだ。
いるはずのない仙石を。
神に見守られている喜びが
たたらの最高のパフォーマンスを生み出す。
釘宮の意地
釘宮も負けられない。
デジャブを感じている。
フロアの上でオーラを放つ姿に見覚えがある。
たたらは視線をふりまいてアピールしまくっている。
「もじゃもじゃ」の群れの中から
人間が飛び出してきた。
かみつきそうな勢いで踊っている。
釘宮にとっての存在感を持った他者だ。
これは釘宮が優勝を逃したあの戦いの再来だ。
たたらを倒せば自分はもっと先へ進める。
敗北の記憶が釘宮を強くさせる。
もう2度と負けるわけにはいかない。
釘宮の繊細な感覚はフロアの空気をとらえている。
決勝戦は異常な盛り上がりを見せる。
ふたごが釘宮を声援する。
ガジュもたたらを声援する。
仙谷のアドバイス
電話で仙石はアドバイスをくれた。
その内容が、踊りながらリンクしはじめる
いま目の前にひとつの世界がある。
不確定で理解できないもの。
宇宙のように無限で謎に満ちている。
パートナー千夏だ。
他者である相方がたたらの前で
無限にふくらみはじめる。