ワルツで釘宮に異変が
釘宮の左足に異変が生じている。
観戦している清春にはわかる。
清春はかすかに体を動かして
競技者の動きをトレースしている。
イメージの中で釘宮に乗り移って
フロアで一緒に踊っているのだ。
釘宮の左足は不自由を抱えている。
痛いし、動かない。
競技会に参加しているのが不思議なくらいだ。
パートナーの井戸川が察知して
フォローにまわろうとしたが釘宮は許さない。
「余計なことすんな」
気力で姿勢をたてなおす。
男性側が圧倒的に女性をリードするのが
釘宮のスタイルだ。
端正で美しい立ち姿は強烈な筋力に支えられている。
事故によるダメージが出力をジャマする。
左足には「ひきつれ」がある。
ケガをしたところの皮膚が縮んで
動きが制限されているというところか。
痛みもでてきている。
「３６５日痛くなかった日なんざ無ぇえんだ！！！」
釘宮は心で吠えて、ステップを踏み出す。
もはや精神力の勝負。
からだのほうは立っているのすらつらい状態だ。
たたらペアは幸福なワルツを踊る
釘宮ペアの苦闘をよそに、
たたらたちはハッピーな状態にはいっている。
ワルツでコツをつかんだ。
自分たちなりの「Wリーダー」というスタイルだ。
なみはずれた千夏のパワーを最大限に活かし
効率よくふたりのエネルギーを増幅する。
交互の前進。
「はいどうぞ！」
「ありがとう！」
単純だが高いレベルでの陶酔がある。
千夏には理想の形がみえている。
ワルツの本来あるべきイメージ。
それは大きな宮殿でシャンデリアのぶら下がる舞踏室。
千夏のパートナーだった明は知っている。
千夏が「ドアを開けて」入れてくれた空間だ。
たたらと千夏は、はてしなくまわりつづける。
回転の感覚に心うばわれてうっとりする。
上下もわからなくなる。
自然と笑顔が浮かんでいる。
ワルツが終わった。
背中に腕があたり、たたらは我に返る。
振り返ると、釘宮がいる。
呆然としている。
パートナーの井戸川が釘宮の腕をつかんでささえる。
異常事態。
故障だ。
リーダーシップをとるのはいつも釘宮。
ふたりはこんな関係ではないはず。
井戸川のほうが釘宮を支えるなんてことはあり得ない。
スローフォックストロットへ突入
名前をアナウンスされ、釘宮たちもお辞儀をする。
こんな動作ですら、釘宮にはつらい。
釘宮は左足をかばっている。
たたらの視線のはしに釘宮が引っかかる。
いつもの釘宮ではない。
立っているのすら困難。
容赦なくアナウンスがはいり音楽がはじまる。
4種目目スローフォックストロットだ。
井戸川は首を横に振る。
とても踊れる状態とは思えない。
釘宮は踊りをやめられない。
自分を見守る視線を感じている。
「１０年もダンスをやってきてるとよ」
「分かっちまうよな」
「自分の身の丈ってやつがさ」
釘宮自身がいちばん限界を感じているのだ。
そういう性格だ。
冷静な判断力と、繊細な感覚で
体の状態を把握している。
「どうしたって俺はダンスを辞められねえ」
それでもなお続行する意思がある。
井戸川は動かない。
この状態の釘宮を踊らせることは危険だ。
「聞こえねえのか・・・曲が・・・流れてるだろ」
釘宮は井戸川に向かってさけぶ。
「俺は試合してんだ」
「ぼさっとしてんじゃねえ！！！」
脂汗を流しながら、釘宮が笑う。
そのうしろで、たたらたちは踊りはじめる。
