壁ちゃんの過去
壁ちゃんの回想シーン。
スポットライトの中で壁ちゃんは前宙返りする。
両手を床につく。
衝撃で描線がとびちる。
どっかのハウサーが床にまいたベビーパウダーのせいで
壁ちゃんは着地に失敗したということだろうか。
黒いベタのなかで飛んでいく白いかたまりは壁ちゃんの前歯だろうか。
「あの日からマスクなしでは人前に出れなくなった」
壁ちゃんのマスクはおしゃれではなかったのだ。
前歯を折ったことが原因なら気持ちはわかる。
精神的にマスクをつけずにいられなくなった。
差し歯ができるまでの期間、マスクで口を隠し
歯が仕上がってもマスクを外せなくなってしまった。
壁ちゃんもなかなか繊細だ。
カボくんの吃音みたいなもんだ。
壁ちゃんのマスクの効用
自分の弱さとむきあって壁ちゃんはダンスを鍛え上げてきた。
いま決勝戦の場で、壁ちゃんはしっかり床をグリップしている。
滑ってコケることは絶対にしない。
マスクを付けることにはメリットもあった。
呼吸を意識するようになって、
フリーズを決めるコツを理解した。
同じ曲でも壁ちゃんは伊折よりパワフルに踊る。
「わかったか」
「この曲は俺の曲だ」
壁ちゃんの瞳が猫の目になっている。
本能的な、獣の領域で壁ちゃんは闘志を剥き出しにしている。
2曲めはハウス寄りの選曲
壁ちゃんの後攻も激しかった。
攻撃的なブレイキンの極みだ。
つづいてセカンドムーブ。
曲はkariZma The Power。
めっちゃハウス。
めっちゃ4つ打ち。
しかも力強い。
伊折先輩はさらにのってくる。
「ありがとうDJ」
胸のロゴ「Pulse」が4つ打ちにあわせて拍動する。
ハウスは軽いもんじゃない。
人間の原始的な鼓動をハックする魔力がある。
伊折の無邪気さが壁ちゃんを傷つける
伊折を見ながら壁ちゃんは再び回想モードに入る。
タイミングが悪かった。
壁ちゃんが差し歯づくりのため歯医者に通っているときに
伊折はハウスに転向した。
「ハウスかっけえー」
あくまで無邪気に、純粋に伊折はハウスに夢中になった。
どこぞのハウサーのせいで大怪我して
人前に顔をさらすのが怖くなった壁ちゃんは傷ついた。
歯医者はめっちゃ怖い。
金もかかるし。
時間もとられる。
タトゥーのほうがよっぽどマシだ。
伊折に悪気はないのはわかっていても
壁ちゃんはハウス嫌いだ。
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